北畠 親房
きたばたけ ちかふさ
1293(正応 6)
1354(正平 9. 4.17)
◇南北朝時代の南朝の公卿・武将・歌人。後醍醐天皇の重臣。
法名は宗玄(ソウゲン)のち覚空(カククウ)。師重の子、顕家(アキイエ)・
顕信(アキノブ)の父。
養育した世良(トキナガ)親王の早逝に責任を感じ、1330(元徳 2)
出家。
建武中興で再び出仕、義良(ノリナガ)親王を奉じて長子北畠顕
家と奥羽を鎮定。
1338(延元 3)東国に下り、常陸国小田城にあって『神皇正統
記(ジンノウショウトウキ)』を著す。
その後、吉野に帰り、後村上天皇をたすけて南朝の支柱となっ
た。賀名生(アノウ)にて没。
◎吉田定房(サダフサ)・藤原宣房(ノブフサ)とともに「後(ノチ)の三房」
の一人。