蒲生 君平
がもう くんぺい《がまふ くんぺい》
1768(明和 5)
1813(文化10. 7. 5)
◇江戸後期の勤皇家。名は秀実、通称は伊三郎、字は君蔵。灯
油商福田又右衛門正栄の4男、祖母から祖先が蒲生氏と聞き、
蒲生を名乗る。下野国宇都宮生れ。寛政三奇人の一人。
1790(寛政 2)高山彦九郎を慕い奥州石巻に赴いたが会えず、
帰途仙台で林子平(シヘイ)を訪ねる。
皇陵の荒廃を嘆き、近畿・伊勢・佐渡を踏査して1801『山陵
志』を著す。北辺の海防を憂い、1807(文化 4)『不恤緯(フジュツ
イ)』を著し若年寄水野忠成に献上するが、幕府に喚問され静修
庵に閑居。
(2)号を修静庵。
(16)以後静修庵に閑居して……。
(*)1801(寛政13