【荻野 吟子】
おぎの ぎんこ《をぎの》
1851(嘉永 4. 3. 3)
1913. 6.23(大正 2)
○日本近代最初の公認女医。本名は「ぎん」。武蔵国大里郡秦村
(ハタムラ)(現:埼玉県妻沼<メヌマ>町)俵瀬(タワラセ)の代々苗字帯刀を許
された名主の家の生れ。荻野綾三郎、嘉与(カヨ)の五女。
1867(慶応 3)望まれて川上上村(現:熊谷市)の名主の長男稲
村貫一郎と結婚。1870(明治 3)夫からうつされた淋病がもとで
離縁される。上京し順天堂病院に入院するが、医師がすべて男
子であったことから女医を志す。
1873(明治 6)上京し国学者・皇漢医の井上頼圀(ヨリクニ)に師事、
後妻に望まれたが、1874(明治 7)甲府の内藤満寿子の私塾の教
師となる。1875(明治 8)東京女子師範学校(現:お茶の水女子大
学)の一期生として入学。1879(明治12)優秀な成績で卒業し永
井久一郎教授から紹介された子爵石黒忠悳(タダノリ)を介して下
谷練塀(ネリベイ)町の私立学校好寿院に入学、三年間学ぶ。医術
開業試験の受験に奔走する中、群馬県の松本という医師に身を
寄せ手伝いをする。
1884. 9.(明治17)前期試験を他の女性三人と受験、一人合格
する。1885. 3.(明治18)後期試験を受験し合格。同年五月開業。
1886(明治19)キリスト教の洗礼を受け、キリスト教婦人矯風
会の風俗部長に就任。1888(明治21)大日本婦人衛生会幹事。
1890.11.25(明治23)14歳年下の志方之善(シカタ・ユキヨシ)と結婚。
◎好寿院は宮内省の侍医高階経徳の経営。