尾形 光琳
おがた こうりん《をがた くわうりん》
1658
1716(正徳 6. 4. 6)
◇江戸中期の画家。名は惟富・伊亮・方祝、幼名は市之丞、別
号は澗声・寂明・長江軒・青々、道号は日受。京都の人。京都
の呉服商雁金屋(カリガネヤ)尾形宗謙の次男、尾形乾山(ケンザン)の
兄。
はじめ狩野派の山本素軒や住吉具慶に絵を学び、のち本阿弥
光悦・俵屋宗達に私淑。30歳の時に多額の遺産を受け継ぐが、
享楽的な生活と事業の失敗により破産。
40歳ころから画家生活に入る。1701(元禄14)法橋に叙せられ
る。津軽家・姫路藩主酒井家・江戸深川の豪商冬木家らの庇護
を受ける。
(*)1658(明暦 4