岡島 常樹
おかじま つねき
1666(寛文 6)
1703(元禄16. 2. 4)
◇江戸中期の赤穂浪士。赤穂藩士、札座勘定奉行、禄高二十石
五人扶持。通称は八十右衛門(ヤソエモン)、戒名は刃袖払剣信士、
吉良家を探索中の変名は郡部八郎(グンブ・ハチロウ)。原惣右衛門(ハ
ラ・ソウエモン)の実弟、岡島善右衛門(ゼンウエモン)の養子。
吉良家討ち入りでは表門隊。毛利(モウリ)甲斐守の麻布(アザブ)
屋敷に預けられ、翌年、榊庄右衛門(サカキ・ショウエモン)の介錯(カイシャク)
で切腹。