大前田 英五郎
おおまえだ えいごろう
1793(寛政 5)
1874. 2.26(明治 7)
◇江戸幕末・明治維新期の博徒。本姓は田島。上野国(群馬県)
勢多郡宮城村大字大前田の名主で博徒の久五郎の子に生れる。
身の丈6尺の大男であった。博徒となって関東一円と東海地
方にまで縄張りをもつ大親分となる。
人を殺し諸国を流転、捕われて佐渡に流される。のち舟で脱
出して郷里に帰り、郷里に近い大胡で一時目明しを勤める。
風邪をこじらせて大前田で死亡。
◎伝説的な話が多い。国定忠治は弟分。
日本全国の歴史人物、詩人、役者、学者などの有名な方々の名前や簡単な略歴などのデータベース。
おおまえだ えいごろう
1793(寛政 5)
1874. 2.26(明治 7)
◇江戸幕末・明治維新期の博徒。本姓は田島。上野国(群馬県)
勢多郡宮城村大字大前田の名主で博徒の久五郎の子に生れる。
身の丈6尺の大男であった。博徒となって関東一円と東海地
方にまで縄張りをもつ大親分となる。
人を殺し諸国を流転、捕われて佐渡に流される。のち舟で脱
出して郷里に帰り、郷里に近い大胡で一時目明しを勤める。
風邪をこじらせて大前田で死亡。
◎伝説的な話が多い。国定忠治は弟分。