大槻 俊斎
おおつき しゅんさい
1806(文化 3)
1862(文久 2. 4. 9)
◇江戸幕末の蘭方医。名は肇、字は仲敏、号は弘淵。
仙台藩を出奔、江戸で足立長雋(チョウシュン)に医学を学ぶ。
長崎の高島秋帆から痘種を得て、1841(天保12)江戸で最初の
接種に成功。
1857(安政 4)江戸に伊東玄朴(ゲンボク)・戸塚静海・箕作院甫
ら江戸の医師80余名と協力し、神田お玉ヶ池に種痘館を開く。
1860年、種痘館が幕府から公認され種痘所と改称し頭取、翌年
さらに西洋医学所と改称後も幕府から頭取に任命。
(*)1860(安政 7