大槻 玄幹
おおつき げんかん
1785(天明 5)
1837(天保 8)
◇江戸後期の蘭方医。名は茂(「木」偏+「貞」:補助3644)、字は
子節、号は磐里。大槻玄沢の長男、大槻磐渓(バンケイ)の兄。
1811(文化 8)幕命により父玄沢とともに天文台に出仕し、蕃
書和解に従う。
(2)「大槻玄沢」の項:1811(文化 8)幕府の命を受けて蘭書の翻訳
に従事。
(6)「大槻玄沢」の項:1811年から蛮書和解御用を勤め……。
(16)1800(寛政12)年父と共に天文台に出仕し,蕃書和解に従う.
「大槻玄沢」の項:1811(文化 8)年から幕命によって天文台に
出仕し,長男の玄幹と共に…….