円仁
えんにん《ゑんにん》
794(延暦13)
864(貞観 6. 1.14)
◇平安時代の僧。天台宗山門派の祖、天台教学を大成し、比叡
山興隆の基礎を確立する。
俗姓は壬生(ミブ)氏、諡号は慈覚大師(ジカクダイシ)。下野国都
賀郡の人。
802(延暦21)下野国都賀郡の大慈寺の僧広智の弟子となる。
808(大同 3)15歳で比叡山に入り、最澄(サイチョウ)に師事。 816
(弘仁 7)東大寺で受戒し、比丘(ビク)になる。
838(承和 5)遣唐使藤原常嗣に従って入唐(ニットウ)し、顕密二
教を学ぶ。翌年遣唐使とともに帰ろうとするが逆風により果た
せず、さらに五台山・長安などで学ぶ。武宗の「会昌の廃仏」に
遭い、還俗させられて 847(承和14)帰国。
850(嘉祥 3)文徳天皇の勅願を得て比叡山に持念道場総持院
を、翌年常行三昧堂を建立。 854(仁寿 4. 4.)第3世天台座主。
866(貞観 8)清和天皇より慈覚大師の諡号を追贈される。
◎のちに円仁の門下(山門派)が円珍の弟子と対立し、 993(正
暦 4)円珍の弟子は円珍が再興した延暦寺の別院園城寺(オンジョウ
ジ)に拠って分離独立し、寺門派を形成する。