榎本 武揚
えのもと たけあき
1836(天保 7. 8.25)
1908.10.27(明治41)
◇江戸末期の幕府海軍副総裁・明治維新後の海軍中将。幼名は
釜次郎、号は梁川。徒目付榎本円兵衛の次男。江戸下谷御徒町
生れ。
1847(弘化 4)昌平坂学問所に入る。1853(嘉永 6)蘭学伝習生
として長崎に行く。1856(安政 3. 4.)長崎の海軍伝習所に入り、
勝海舟の指導を受ける。1858(安政 5)江戸に帰り、築地の海軍
操練所の御軍艦操練教授。1862(文久 2)幕命により西周(ニシ・アマ
ネ)・津田真道(マミチ)・林研海(ケンカイ)らとともにオランダ留学生。
1866(慶応 2.10.)幕府がオランダに発注していた開陽丸を廻送
し、1867(慶応 3. 2.)江戸に着き、開陽丸船将・海軍奉行・和
泉守・海軍副総裁。
大政奉還後、1868(慶応 4. 4.19)旧幕府の軍艦4隻を官軍に
引き渡し、残る軍艦4隻は徳川氏の所有として監督し、奥羽諸
藩からの救援に応じ、同年8月19日夜軍艦汽船合せて8隻と乗
員2