足利 満隆
あしかが みつたか
生年不詳
1417(応永24. 1.10)
◇室町前期の武将。通称は新御堂殿。足利氏満(ウジミツ)の三子、
満兼(ミツカネ)の弟、持氏(モチウジ)の叔父。
1416(応永23)養嗣子持仲とともに上杉禅秀(ゼンシュウ)(氏憲)と
結び、千葉・岩松・那須・武田氏らの豪族を結集して挙兵、甥
の鎌倉公方持氏・管領上杉憲基らを小田原に追放し鎌倉を制圧
(上杉禅秀の乱)、禅秀に政務を管領させる。翌年、幕府が持氏
を支持し、駿河の今川氏・越後の上杉氏らが出兵、禅秀方の将
士の離反が相次ぎ、武蔵国世谷原の合戦に敗れ、鎌倉に攻め込
まれて鶴岡八幡宮の雪ノ下の坊で持仲・禅秀らとともに自刃。