足利 晴氏
あしかが はるうじ
生年不詳
1560(永禄 3. 5.27)
◇戦国時代の武将。幼名は亀王丸、第4代古河公方(コガクボウ)。
足利高基(タカモト)の子、妻は北条氏綱の娘(芳春院)。[2]足利義
氏(ヨシウジ)の父。
1538(天文 7)氏綱とともに小弓御所足利義明(叔父)・里見義
堯(ヨシタカ)を下総国府台に破る。氏綱の没後その子氏康と対立、
再び上杉氏と通じる。1545(天文14)上杉憲政(山内家)・上杉朝
定(扇谷家)の誘いに応じ武蔵国河越城を囲み、1546. 4.20(天
文15)氏康の援軍に囲いを破られる。1554(天文23)再び氏康を
撃とうとして、逆に古河城を奪われ、相摸国波多野に幽閉され
る。
1555年、氏康に擁立された義氏に家督を譲り、下総国関宿に
隠退。
(*)1555(天文24