浅野 長晟
あさの ながあきら
1586(天正14)
1632(寛永 9. 9. 3)
◇江戸初期の武将。幼名は岩松、通称は右兵衛佐・但馬守。若
狭国小浜生れ。広島藩主。浅野長政の子、幸長(ヨシナガ)の弟。
妻は徳川家康の娘振姫。
幼時から豊臣秀吉に近侍し、秀吉の没後、家康に仕える。
1613(慶長18)兄幸長が没し、家督を継ぎ紀伊国を領する。大坂
夏の陣では塙直之(バン・ナオユキ)を討ち取る。1619(元和 5)福島正
則が禁を犯して広島城を修築し所領を没収され、その安芸及び
備後半国を拝領し広島城に移封される。
(2)没年は1617(元和 3)。
(16)没年は1632(寛永 9)。