秋山 定輔
あきやま ていすけ
1868
1950(昭和25)
◇明治・大正期の政治家。岡山県出身。東京大学卒業。
1890(明治23)法制局試補に任ぜられる。1893(明治26)大井憲
太郎・神鞭知常(コウムチ・トモツネ)らと大日本協会の機関誌で報道中
心の日刊新聞「二六新報」を創刊、社長となる。1895(明治28)不
振りで休刊となり、1900(明治33)再刊、大衆的新聞となる。
1902(明治35)代議士。日露戦争のとき、スパイ「露探」の嫌疑を
受け、1904. 3.(明治37)辞職。1905(明治38)日露講和条約反対
の日比谷焼打事件に関係する。黎明期の労働運動を支援。のち
宮崎滔天(トウテン)らと親交を重ね、孫文の革命運動を支援し、大
陸問題で政界の黒幕的存在となる。
(*)1868(慶応 4