赤松 政則
あかまつ まさのり
1455
1496(明応 5. 4.25)
◇室町中期の武将。幼名は法師丸。性存の子、満祐(ミツスケ)の甥。
1441(嘉吉元)赤松満祐の嘉吉の乱で没落していた赤松氏の遺
臣が、1458(長禄 2)南朝側から神璽を奪って幕府に献上し、赤
松氏の再興が許される。応仁の乱では妻の父細川勝元に味方す
る。
(*)1455(享徳 4
日本全国の歴史人物、詩人、役者、学者などの有名な方々の名前や簡単な略歴などのデータベース。
あかまつ まさのり
1455
1496(明応 5. 4.25)
◇室町中期の武将。幼名は法師丸。性存の子、満祐(ミツスケ)の甥。
1441(嘉吉元)赤松満祐の嘉吉の乱で没落していた赤松氏の遺
臣が、1458(長禄 2)南朝側から神璽を奪って幕府に献上し、赤
松氏の再興が許される。応仁の乱では妻の父細川勝元に味方す
る。
(*)1455(享徳 4