会沢 安
あいざわ やすし《あひざは やすし》
1781(天明元. 5.25)
1863(文久 3. 7.14)
◇江戸後期の学者。名は安、字は伯民、通称は恒蔵、号は憩斎
・正志斎(セイシサイ)。常陸国久慈郡諸沢村生れ。水戸藩の下士。
藤田幽谷に学び、幼少の徳川斉昭(ナリアキ)を指導。斉昭の長兄
の水戸藩主徳川斉脩(ナリナガ)に子がなく、藩内に第11代将軍家
斉(イエナリ)の子を藩主に迎えようとする上層保守派があったが、
藤田東湖(トウコ)(幽谷の子)・安島帯刀(アジマ・タテワキ)ら下士改革派
と斉昭を擁立、1829(文政12)斉脩の死去により斉昭が第9代藩
主を継ぐ。これにより東湖らとともに藩政改革に参画。
弘道館教授。彰考館総裁。
(4)生年は1782。
(6)生年は1782。
(16)生日は1781(天明1. 5/25)。
(26)生年は1782。