青木 昆陽
あおき こんよう《あおき こんやう》
1698(元禄11. 5.12)
1769(明和 6.10.12)
◇江戸中期の儒学者・蘭学者。名は敦書(アツブミ)、字は厚甫、
通称は文蔵、号は昆陽。江戸日本橋の魚問屋に生れる。
伊藤東涯に師事。与力加藤枝直が昆陽の『蕃薯考』(1735<享
保20>)を町奉行大岡忠相に推挙、忠相の知遇を受ける。1739
(元文 4)御書物御用達。第8代将軍吉宗の内示により蘭学を修
める。のち書物奉行。
オランダ語の初歩を修め、前野良沢に教える。
没後、甘藷先生と称される。
◎東京都文京区の小石川植物園の甘藷試作の地に青木昆陽碑が
ある。